長岡技術科学大学
   
 

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北島宗雄(出版未定)

北島宗雄. (出版未定). 人間の好みを測る. ファジィによる人間行動学.

 

人間の好みを測る

車のカタログを見ている場面を想定してみ よう。見た瞬間にたくさんの写真の中から気 に入った車や趣味に合わない車を見つけるこ とができるだろう。スポーティなスタイルだ から、明るい色だから、など、後から考えれ ばもっともらしい理由をつけられるかもしれ ない。しかし、それはあくまでも後からつけ た理由であって、カタログを見た瞬間にその ようなことを思いめぐらし、あれこれと考え ていたわけでは決してないだろう。後付けの 説明は、見た瞬間に起こった好き・嫌いの反 応を産み出した機構そのものや、その反応の 強さを説明してはいないのである。

我々が日常生活の中で使う道具には、車の 他にも、電話、ビデオ、テレビ、ファックス、 パソコン、などの機器があるが、こういった 機器についても、気に入った、使いたくなる、 見たくもない、などといった反応が、見た瞬 間、使った瞬間に起こる。「人にやさしいイ ンタフェース」「ヒューマンフレンドリィイ ンタフェース」ということばが時代のキーワー ドになっているが、そういうインタフェース を設計し実現するためには、どのようにして 使う気が喚起されるのか、またその強さがど の程度になるか、といった非常に基本的な問 題は避けて通れない極めて重要な課題である。

好き、嫌い、使いたくなる、などといった 反応をひとことで言うと、機器に対する感性 的な反応、と言えるだろう。感性のひとつの 大きな特徴は「主観的」であるということで ある。反応の仕方には個人の経験が大きく影 響し、このため、同じ対象を見てもそれをポ ジティブに感じる人もいればネガティブに感 じる人もいる。

「主観的」な側面を機器のインタフェース 設計に取り込むことは「客観的」な側面を取 り込むのに比べて格段に難しい。客観的な要 求として、例えば、多機能電話にある機能を 搭載したいという要求があったとしよう。機 能は極めて客観的に物理的な構成要素まで還 元して表現することができるから、この要求 を具体化する方法を見つけだすことは簡単で ある。これと対照的に「主観的」な要求を機 器の設計に反映させることは、そのような側 面を計測するための科学的な方法の発展段階 がまだ未熟であり、方法論としてまだ確立さ れていないために現状では非常に難しい。

本章のテーマは、好みを対象としてこの問 題に切り込み、解決のひとつの方向を示すこ とである。第2 節では、好みが生じる仕組み が定性的にはどのように考えることができる かについてその理論について説明する。定性 的な理解から、例えば、好みの程度、など、 工学的・実際的に役にたつ量を引き出すには、 理論を近似することが必要である。第3 節で は理論の枠からはみださないように慎重に工 学的な近似を行って、好みを定量的に測るこ とができる工学モデルを作りだす。近似を進 めるときには、理論が元々対象としている範 囲を限定し、工学的な定式化になじむような 範囲だけを切り出すことを行うが、このよう な絞り込みは、好みのように科学的に扱いに くい現象をモデル化する時には、しっかりし た考え方に基づいて行なうことが非常に大切 である。モデルの説明ではこの点がよく伝わ るように心掛けた。また、本章で説明するよ うな議論の進め方は、当然、方法論として他 の分野にもあてはめることができるものであ ると考えている。本章を、好みを測る方法の 説明という観点からだけではなく、もう一段 高いレベルからの方法論の提示として読んで もらえれば幸いである。

 

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